東京都が進める「アフォーダブル住宅」は普及していくのか?新住宅政策を解説【業界情報】

本記事では、東京都が推進する「アフォーダブル住宅」について、その意味や背景、制度の仕組みなどを紹介します。

また、アフォーダブル住宅の展開について、海外推進事例を紹介して、日本都市における課題や今後の可能性について解説していきます。

東京都が2026年度から供給する「アフォーダブル住宅」とは?

「アフォーダブル住宅」とは?

「アフォーダブル住宅」とは、英語の「Affordable Housing」の訳語で、「負担可能な価格の住宅」という意味です。

これは安いというだけではなく、その人の収入に対して無理のない家賃で、生活の質を確保できる住宅であることが重要なポイントとなります。

東京都が全国初の住宅政策として掲げる「アフォーダブル住宅」の供給

2025年1月14日、小池百合子 東京都知事は、2025年度予算編成に伴い、中間層の子育て世代が手ごろな家賃で暮らせる「アフォーダブル住宅」を供給するために、官民連携による、合計200億円規模のファンドを立ち上げる事業を選定したことを公表しました。

2025年度予算案では「金融スキームを活用したアフォーダブル住宅の供給促進」として、東京都が100億円を出資し、民間出資と合わせて200億円とするファンド計画を示しました。

その後、2025年6月から、ファンドを組成する民間企業を公募し、事業者採択を進めました。

2025年11月7日、東京都は、「アフォーダブル住宅」を供給する官民連携ファンドの運営事業者候補として、野村不動産やSMBC信託銀行などが入る4グループを採択したことや、「官民連携アフォーダブル住宅供給促進ファンド」の事業スキームを発表しました。(下図)

東京都では、アフォーダブル住宅の家賃を市場家賃の約8割程度と想定しており、2026年度から各ファンドを通じて約300戸を供給していく計画です。

運営事業者候補4グループは住宅テーマや投資対象が異なる

官民連携ファンド4グループが担う、住宅テーマや投資対象は次の通りです。

【1】㈱SMBC信託銀行・㈱萬富

「子育て支援」をテーマとして、新築マンションを投資対象に、家賃8割程度で住宅を供給する。

【2】野村不動産㈱・野村不動産投資顧問㈱

【1】と同様に「子育て支援」をテーマとして、新築マンションを投資対象に、家賃8割程度で住宅を供給する。

【3】㈱ヤモリ・三菱UFJ信託銀行㈱

「空き家活用」をテーマとして、中古戸建て住宅を投資対象に、家賃8割程度で住宅を供給する。㈱ヤモリは空き家再生事業を手掛けるスタートアップです。

【4】㈱LivEQuality大家さん・㈱りそな不動産投資顧問・㈱マックスリアルティー

「ひとり親/子育て支援」をテーマとして、中古・新築マンションを対象として、家賃75%程度で住宅を供給する。

2026年4月以降、順次、住宅供給を開始する

東京都は、官民連携ファンドを設立した背景について、「建設費の高騰などで住宅価格や家賃が上がり、住宅取得が困難となっている子育て世代に、受け皿として賃貸住宅を供給したい」と、その目的を明らかにしています。

東京都では各グループと契約内容を調整し、2026年2月頃にファンドを組成し、4月以降、順次住宅を供給していく計画です。

アフォーダブル住宅と公営住宅は何が違うのか?

家賃負担を軽くして賃貸住宅を供給していく事業には、以前から公営住宅があります。

公営住宅とアフォーダブル住宅には、どのような違いがあるのでしょうか?

その違いを一覧表にまとめてみました。(下表)

上表の通り、公営住宅とは「住宅に困窮する人へのセーフティネット」として、社会福祉の役割を担うものです。そのため、入居者には収入制限など厳しい条件を設けられていますが、アフォーダブル住宅は、より幅広い層を対象として、多様な担い手が供給する「新しい考え方の住宅」ということができるでしょう。

なぜ、アフォーダブル住宅が必要なのか?

公営住宅との違いは確認できましたが、「なぜ、いま、アフォーダブル住宅」が必要なのか?特に都市部が抱えている課題について確認していきましょう。

所得の伸び悩みと住宅価格の高騰

数年来、物価高騰が続き、盛んに報道されています。給与はなかなか増えていかないのに、食品や交通費などが短期間で相次いで値上がりしていることは現実です。

その中で不動産価格も近年大きく上昇を続けているのです。下グラフは、国土交通省が発表している最新の不動産価格指数です。(2025年12月15日現在)

東京都では一極集中が問題とされがちですが、企業本社などが多く、住宅居住者は中間所得層の会社員やこれから家庭を築く若い世代が多くなっています。

低所得者層だけではなく、より幅広い層が、家賃上昇により、希望エリアで質の高い住宅を確保することが難しくなっているのです。

公営住宅はセーフティネットとして限界に近づいている

公営住宅は日本の住宅セーフティネットとして、長く中心的な役割を担ってきました。その多くは戦後や高度経済成長時代などにおいて、住宅不足を解消するために建設され、整備されてきました。全国の公営住宅は老朽化が進んでおり、建て替えが進まないうちに取り壊される物件も少なくありません。

公営住宅の制度上、低所得者層でなければ入居できないこともあり、公営住宅の総戸数は減少傾向にあります。しかし低家賃住宅を求めている人は増えているため、都営住宅の応募倍率は平均10倍を超えています。人気物件は当然、より高くなり、応募倍率が数十倍になることもあります。

公営住宅の新築は用地取得や建設費用からも、予算的に困難な面があり、セーフティネットとしては限界に近づいているといってよいでしょう。

都内では、本来生活に困窮しないはずの収入がある中間所得者層が、住宅探しには苦労している。そこで、東京都はアフォーダブル住宅の推進に舵を切ったというわけです。

官民連携ファンドを構成する意義とは?

東京都はアフォーダブル住宅を推進するのに、「総額200億円規模の官民連携ファンド」を創設しました。その意義はどこにあるのでしょうか?

官民連携ファンドとすることにより、税金だけで整備してきた従来の公営住宅と異なり、民間から100億円の資金調達を行うと同時に、民間の不動産開発ノウハウを最大限に活用していくことが狙いです。

アフォーダブル住宅は、都心の賃貸マンションでは負担が大きいが、所得制限から公営住宅には入居できない中間所得者層が中心で、子育て世帯や若い夫婦などを対象としています。

住宅だけではなく、子育て支援施設やコミュニティ施設を併設することも想定され、中古マンションなど既存ストックを活用していくことも視野に入っています。

民間企業が参画することにより、不動産開発や応募の早期化など、供給実施に向けて加速度をつけていくことも狙いとなっています。

東京都が手掛ける「アフォーダブル住宅」の概要

2025年6月に開示された「官民連携アフォーダブル住宅供給促進ファンド 運営事業者募集要項」から、建物条件と対象者・家賃に関する概要を記載します。

■建物条件

・対象地域

東京都内。特に利用者のニーズや不動産価格、賃料相場の動向等を踏まえ、事業として成立可能性が高い地域とする。

・中古対象建物

昭和56(1981)年6月1日以後に確認申請をして、確認済証の交付を受けたものであること。1981年以前に建築されている場合、地震に対して安全な構造であることが条件。

広さは原則として、床面積(共同住宅等の場合は住戸専有面積)で 45 ㎡以上。

居間、食堂、台所その他の住戸の部分について、共同して利用するために十分な面積を有するスペースを設置する場合は 40 ㎡以上。また子どもの安全の確保や、快適な子育てが可能となる設備等を有していることが望ましい。

ひとり親世帯など、世帯人数が少ない世帯の入居を前提とする場合等の住戸の広さについては、この限りではない。

■対象者・家賃

・入居対象世帯は、子育て世帯(18 歳未満の子を養育する世帯)等。

・家賃は近傍同種の賃貸住宅の家賃より低廉な水準とし、入居者にとって求めやすい水準に設定。なお家賃設定の基準とした市場家賃の水準については、運営事業者が算定根拠を示す必要がある。

出典:官民連携アフォーダブル住宅供給促進ファンド 運営事業者募集要項(東京都産業労働局 2025.6.25)

アフォーダブル住宅「海外の推進事例」を紹介

欧米主要都市では、早くから住宅価格高騰が社会問題となり、国や民間企業によるアフォーダブル住宅への取組みが進んできました。事例として紹介します。

米国が進める多様な住宅制度

米国では行政が住宅を建設。供給するのではなく、民間企業がアフォーダブル住宅に参入することで利益が生まれるメリットを持たせて、官民一体の仕組みを構築しています。主要な例について紹介します。

■LIHTC ライテック(低所得者向け住宅税額控除)

事業者が建設・改修した物件を、アフォーダブル住宅として低所得者向けに供給すると、供給事業者の法人税などを長期間(主として10年間)にわたり控除する制度です。

事業者は税制優遇により、採算性が大幅に向上するため、民間資金がアフォーダブル住宅に投資されることになり、米国最大の住宅供給プログラムとなっています。

■インクルージョナル・ゾーニング(容積率緩和)

民間事業者(デベロッパー等)が新築マンションを建設する際に、一部をアフォーダブル住宅として供給することで、容積率を特別に緩和する見返りを提供し、事業者が通常よりも高い階数の建物を建てられるようにする制度です。

事業者にとっては高層化により、販売・賃貸戸数を増やせるので採算性が向上します。主にニューヨーク市などで採用されている制度です。

■セクション8(家賃補助プログラム)

入居者に家賃補助を行う制度ですが、低所得者層や社会福祉支援を必要とする対象が、行政が発行する住宅選択クーポン(ハウジングバウチャー)を利用して賃貸住宅に入居すると、入居者は家賃の3割程度を大家に支払うだけで済み、残家賃7割程度は行政が大家に直接支払うというサポート制度です。

入居者は家賃負担が軽くなるだけではなく、居住する物件の選択肢が増え、大家は安定した家賃収入が得られることがメリットです。

入居者による制度への申し込みと、18項目にわたる厳正な審査を要しますが、200万人以上がサポートを受けています。また、低所得者層といっても、収入は自分が暮らす地域の「平均所得よりも50%以下」であることが条件となるので、サンフランシスコなど高所得者層が多い地域では、収入制限のバーも下がることになります。

世界で最も住みやすい、ウィーンの住宅政策

オーストリアの首都ウィーンでは、行政主導による住宅政策が長年にわたり根付いています。市民の6割程度は市営住宅や協同組合住宅といった、公的支援が投入された住宅に住んでおり、低所得者層から中所得者層まで幅広く門戸を開いているのが特徴で、「世界で一番住みやすい街」といわれる理由となっています。

多様な職業や所得層の人が、同じ住宅で暮らすスタイルが実現しており、住宅以外の施設も併設されていて、誰もが豊かな生活環境を共有することができます。

ウィーンでは、住宅を「市民生活を支える公共インフラ」と捉える姿勢が100年以上続いていることにより、質の高い住宅を安価に供給することを可能にしているのです。

まとめ 日本におけるアフォーダブル住宅推進上の課題

日本におけるアフォーダブル住宅は、東京都が進める今回の事例が全国初となります。この供給が順調に成功することにより、さらに首都圏で、また全国都市圏に広がり、多様な層へ拡大されることが期待されています。

官民連携で進めていく、アフォーダブル住宅が成功するためには、供給規模の拡大が第一の課題となります。2026年に供給を進めていく計画はわずか300戸に過ぎません。供給数を拡大していくことは、成功の鍵となるでしょう。

現在、対象は少子化解消を目的として、子育て世代に向いていますが、学生、一人暮らし、高齢者など、将来は幅広い層へ展開していくことで、子育て支援に加えて、空き家問題の解消、地域活性化など幅広い効果をもたらすことが期待されます。

官民連携成功には、何よりアフォーダブル住宅が中長期的な投資として、収益性を上げていくことが必要となります。

アフォーダブル住宅は家賃を市場価格より低く設定していることから、少数戸数の家賃収入だけでは、民間企業は収益を上げることが容易ではありません。

民間事業者が積極的に参入していくためには、米国同様に税額控除や容積率緩和などのメリットを創設するための法整備が課題となります。

本質的には公的資金の投入ではなく、民間主導の投資事業として成立する仕組みを確立していくことも重要な課題になります。

今後は、アフォーダブル住宅が「住みやすい社会」を実現するためのスタンダードな選択肢となるか、東京都が進める施策の行方に注目していきたいと思います。

 

(本記事は、総合資格naviライター kouju64が構成しました。)